八重の桜膳登場[2013年01月23日(水)]
1月から「NHK大河ドラマ 八重の桜」が放映されています。さて、この五十里地区、江戸時代は会津藩の領地であったこと知っていますか。この地は、今は栃木県ですが、その昔は会津藩の領地でした。ちょうど、宇都宮藩との境にあたります。つまり江戸から来ると、最初の関所にあたるわけです。江戸時代に起きた日光大地震による大規模な山崩れ。そして出現した自然の堰止湖「五十里湖」その30年後に起きた大雨による湖決壊、この地にあった五十里宿は、そのたびに沈んだり、また復元したりしました。さらに、昭和25年から始まった五十里ダム建設によって、今度は本当に湖底に沈むなど、不思議な経緯をたどった集落です。この五十里ダムは、当時は日本一の規模を誇るダムだったそうで、当時の45軒・400人は全員移転を余儀なくされました。その一部の方々が移転した場所が、今の五十里集落として数軒残っています。旧国道121号線を歩くと、道祖神や飢饉に備えた食料の備蓄庫など、会津藩の藩政の一部を垣間見ることができます。現在のダム湖を一周して約1時間と散策にもちょうど良い距離、八重の桜を思い浮かべながら、散策してみてください。
当食堂では、これら歴史を思いながら、「八重の桜膳」を考案しました。会津と下野の食材をふんだんに使ったお食事です。是非ご賞味ください。


